プロフィール

嫌われ上杉の一生

朝からは言えないような、
私の過去とか、日々あったできごと何かを
つれずれと書きますね。

私は今まで、美容師だったり、引きこもりだったり(現在も)
大事故を起こして人を大怪我させたり、
子供に手をかけようとしたり、
画家だったり、カウンセラーだったり他にも書けないほど、
色んな経験をしました。

せっかくのプロフィールなんでしていきますね。

もちろん、すべての経験には
『学び』が隠れています。

ですから読むだけで必ず、何かしらの
気付きがあるかと存じます。

それもシェアしていきますね。

興味がなければ閉じてくださいね。

突然ですが、あなたは
精神的暴力を受けたことがありますか?

私は昔、17年間くらい
モラハラ環境で暮らしていました

綺麗なデザイナーズマンションのような一戸建てで
土地と建物で5500万円しました

その前にはそのすぐ近くのアパートで暮らし
またその前は大阪や千葉県で暮らし
結婚後の引っ越しは7回ほど。

どの引っ越しも私と引っ越し屋さんの手で行われ家族の協力は一切ありません。

掃除や料理の手抜きは許されなかったので
引っ越しの最中も、震災の時でさえ
どうにか、工夫をして
豪勢な食事の用意をしました。

いつも、どこにいても、どの引っ越し先でも
私には地獄でした。

ある小さなアパートの一室に住んでいた時のことです。

下の子も生まれ

モラオ、同級生の私、長男6歳、娘1歳
3Kのアパートで6畳のキッチン
リビング、寝室と3部屋があり、全ての部屋が薄い、
ふすまのようなもので
区切るような仕組みになっていました。

どの部屋もほぼつながっているような状態です。

夫は夜勤があったり、夜勤のない日は昼間からお酒を飲んで
夕方4時くらいに睡眠を取っていました。

予定も教えられないため
こちらの予定は立てられなかったのですが
何とか夫のスケジュールに対応すべく
夕方になると部屋のふすまを閉め、
寝室とは一番離れたキッチンで内緒話の中でも
もっとも小さな声
空気音での会話をしていました。

いつ急に夫が帰宅するか分からないので
内緒話でしか話してはいけないことを
子供達に教え込む必要があったからです。

夫は極度に子供達や私のこえをうるさがりました。

夫は寝室に入り、声が聞こえると
怒り狂いました。

それは「うるさい」と怒るものより
「今僕は寝られなくて怒っているぞ!!」
という態度をあからさまにするのです。

でかい物音でふすまを開けたり閉めたり、
ふすまに物を投げつけたり、
ものすごい足音とドアの開け閉めだったり
殺したいような怒りに満ちた顔で、
こちらを睨んできたり
または1年間全く私の存在を無視し続けたり。

なぜ怒るのか
何を怒っているのかの説明もなく
どうすればいいのか
途方に暮れていきました。

ですから、対応策を練ります。

夫の帰ってくる夕方4時前に
子供たちのお風呂を済ませ、
食事の下準備を終わらせ最後の仕上げをして
夫に熱々のものを提供できる準備を完璧に仕上げ、
埃なんかあったら大変なことになるので
念入りに掃除を済ませ、

子供の絵本もしっかりと番号順に
背の順に本屋さんのように揃えておきました。

子供が早く眠れるように
外で遊ばせ、疲れさせておきます。

ことあるごとに文句をつけ
「僕が仕事で疲れて帰って来たのに
これはないだろ!!妻としていかがなものか!!」とよく言いました。

息子は6歳なのにこんなことを言いました。

「僕が今、生きていられるのは父ちゃんのおかげ。」
「どうして僕を産んだの?生きるとかそういうのいらないのに。」

この時まさか、私が夫からされていることが
モラハラというものでDVだなんて思ってもみませんでした。

一度こんなこともありました。

時雨の降る、寒い日に公園で
友達と話し込んでしまい
急いで買い物に行き、
子供たちをお風呂に入らせ
食事の下準備をしている間に
モラハラ夫が帰って来ます。

夕方の4時でした。

「ただいま」
いつもの機嫌の悪い夫の声です。
ばくばくと心臓が音を立てます。
じわっと冷や汗が吹き出ます。

その時、お風呂の中で息子と娘が言い合いをしていました。

喧嘩というより言い合いです。

「もう!お兄ちゃんは!」2歳の娘の声です
やばい!ただならぬ気配を感じお風呂に駆け寄ると

それより早くモラオが風呂場におり
折り畳みドアを思いっきり開け

「父ちゃんが疲れて帰って来てんのに!!
その態度はなんだ!!

兄弟喧嘩はいい加減にしてくれ!!
どんなに父ちゃんが大変な思いをしてるか

わかってるのか!!」

怒りに駆られた夫は馬鹿力で娘の腕を引っ張り
乱暴に持ち上げ、もう片手で息子を掴みにかかり
ツルッと逃げられ

娘だけを裸のまま、
外に放り出しました。

2月の時雨から雪に変わった冷たい日でした。

息子はなるべく夫と離れたところにおり
青い顔をしていますが体を拭いていて
無事です。

すぐに外にタオルを外に持っていき
娘を保護しましたが大泣きしています。

声を上げずボロボロと涙をこぼしなく娘に
私は信じられない言葉をかけました。

「ごめんね。父ちゃん仕事で疲れてたんだよ。
だから〇〇ちゃんのこと好きなんだけど
思わずこんなことしちゃったんだよ・・・。」

2歳の娘は「父ちゃん嫌い・・・父ちゃん怖い」
と言いながら涙をボロボロこぼし続けます。
本当に寒くて裸に気づけば裸足で
あたりは暗くなってきました。

抱っこした娘の足はとうの前に冷たく冷えきっています。
このままここにいては危険だと思いました。

家には夫がいますがどうにか娘を家に連れて行くことしか
娘を守る方法が思いつきませんでしたし、息子も心配です。

少し落ち着いて来た娘に、私はまたしても信じられない言葉を発しました。

「家に戻って父ちゃんに謝ろ?ごめんねって」

娘は首を横に振りましたが無理やり家に連れて行きました。
家に帰ると

「どうせ僕のこと悪者にするんだろ!!?息子も娘も!!
どう考えたって喧嘩してる方が悪いよなあ!!?」
そう言いながら涙を流し鼻水をすすったフリをしました。

ただ、平和な家庭で、愛する夫と子供と
普通の家庭を築きたかっただけですが
毎日が地獄でした。

どんなに掃除を頑張っても、栄養バランスを考えた
豪華な食事を作っても
何をしても難癖をつけられます。

私が我慢しているうちはまだマシでした。

 

6歳の息子は不眠に陥ります

眠るのは夫が出かけた夜中1時ごろ、
ほぼ毎日、寝かしつける時にはトントンと布団の上で
手でリズムをとって欲しがります。
かなりしつこく、トントンとしていました。

「眠れないのごめんね」と泣くのが
息子の夜の定番でした。

そんな息子に私はとんでもないことをしてしまいました。

夫が「寝る」と寝室に入って行った直後

娘と息子が言い合いをはじめます。内緒話ではなく
普通の声です。

私はやめて!!お願いやめて!!と口パクとジェスチャーをすると
口を塞ぎます。

娘も息子も徐々にヒートアップしてきます。
私はいつもの常套句
「声を出して喋るとお母さん出てくよ!」と脅しにかかります。

さらに息子は娘にチョビチョビと手を出し
さらに怒らせます。
その姿を見た途端、
私の中では何かが弾けました。

2人の声は聞こえなくなり周りの景色がスローモーションで
ぐるりとひっくり返り、色が無くなったように感じました。

次の瞬間目の前には、
首を両腕で掴まれ、ガタガタと大きく揺すられた息子が見えました。
この腕の主が
「どうしてわかってくれないの!!
いうこと聞いてくれないの??!!
お母さん出てくって言ってるじゃん!!静かにしてよおお」
と叫んでます。
号泣していたように思えます

次に気づいた時に覚えているのは
首に指の跡がくっきり残った息子が目の前に座っており、
騒いでいなかったという事実です

それ以外のことは全く記憶にないのです。

息子を手にかけたのです。
亡くなっていてもおかしくないのです。
たまたま生き残っていてくれた

何をどう償ったって許されることではないと思います。

 

数年後、私は、モラハラ館を脱出し
息子と娘はモラハラ館に残る選択をしました。

その後また、息子はモラハラお父さんと何かあったようで
家出をして私のところに来てくれました

モラハラ夫のところにいる娘とは連絡も取れません。
心療内科医に言われました。

「めいさんにも悪いところがあったんじゃないの?
子供がついてきたなら別だけど?」

世間とはそういうものです。
何をどんなふうに説明したって
モラハラをわかってくれない人が多数ですし
娘でさえ、自分勝手な母だと思っているでしょう。

しかしそれでいいと思っています
娘が自分の父親の異常性に気づき、
自分でその家を出てくることでしが
娘を助け出す手立てはありません。

 

モラハラ被害を最も被った息子は今

赤ちゃんの頃とはうってかわって
ほぼ一日中眠っています。

大学に行きたいと言いながら
二度のセンター試験を逃しつつ、筋トレをしながら
自分の生き方を模索しています

今はそういう時だと思っています。
聞かれたらほんの少しのアドバイスはできますが
一番は息子の選ぶ、自分の人生を生きていってほしいな

こんな犯罪者一歩手前までになった私も
本気で私を救ってくれようと人のおかげで
自分の人生を生きて行くことができています。

たった一人の理解者のおかげで救われる人生もあるんです


モラハラ環境下にいる人たち、
モラハラ、DVの加害者から逃げたもののどうやって生きていったら
いいかわからない人たち、
小さな頃から生きづらさを感じている人たち

そんな人たちに私はカウンセリングを提供したい。

今の自分を、「現実を直視」すると不安と焦りと
心配や焦燥感しかないですよね。

お金はどうすんの??どうやって生きていけばいいの??
子供までモラハラ化してんじゃん
孤独に押しつぶされそう

そんな感じでしょうか。

その気持ちわかります。

モラハラ被害で弱ってしくしく泣いているうちはいいんです。

周りはあなたに優しい言葉をかけ、励ましてさえくれます。

ですががもう、

「こんな世界間違っている
私は奴隷じゃない!!
自分の人生を生きたい!!」

と残った力を使ってなんとか立ち上がろうとした時
それを阻止し、
あなたをさらに傷つけ、
あなたがどんなに頑張ってきたかも知らずに
否定する人も現れます。

私の場合はそれが子供と
前弁護士と、心療内科医のドクターと市の相談員でした。

頭がおかしくなって何も考えられなくなりたい!と
本気で願いました

でももう、モラハラのような卑怯なものに
支配され続ける人生は嫌ですよね。
大好きな子供に手をかけそうになるなんて
普通じゃありませんよね。

どうなってしまうのかわからない恐怖で
この場から消えたくなります

そんな時私の命の恩人がこう
声をかけてくれました。

モラハラから別れる決心をしたんだから
最後は絶対に別れられるんです。
始まりがあれば終わりは必ずやってくるんですよ。

モラハラから押し付けられた価値観、
勝手に与えられた人生でなく、あなたはあなたの人生を生きましょう。
一人分の人生を生きましょう。

 

 

本気であなたの話に心を傾けて聴く相手がいる
本気であなたのことを想って考えている人のいることは

あなたがこの世界にいることの意味を見出し
あなたが前に進んでいこうとする勇気を後押しすることができますよ。

私が命の恩人から助けてもらったように
私も、毎日泣いているモラハラ被害者を助けるのが使命だと思ってます。

というわけで
長い長い話を読んでくださりありがとうございます。

私のことが嫌いになったでしょう
頭がおかしいかとお想いになったかもしれませんね。

私も自分で許されないことをしたのはわかっております。

この話をしたのは今日が初めてです。
今まで誰にも言えませんでした。
男性の弁護士さんや父親には性暴力もズンズンお伝えしたんですけどね。

孤独で誰にも相談できなかったなんて
言い訳にもなりません。

ただ言えることは
私の人生は今、モラハラに支配され続ける人生から
確実にフェイドアウトしたっていうことです

これが何の学びになったのかというと
「この世には私の考えの及ばないような悪人もいる」
ということです。

自分を差し出すばかりでなく
守ることの大切さや

マインドコントロールやモラハラ のこと

自分を信じることの大切さです。

私は今、絵を描いていますが
美大を出ても、画家では食っていけない時代だとは承知しています。それでも画家の活動をしたいんです。

そう決まれば簡単です。
やればいいです

何の確信もないけれど、私は自分の力を信じてます。

今これをご覧になっている皆様が
何を好きで何をやりたいのか、
私にはさっぱりわかりませんが

よかったら、あなたの体験を生かした、
未来構築のお手伝いをさせてください。

そんなカウンセリングをしています。

カウンセラー画家 上杉めいでした

 

モラハラをガツンと知りたい方はこちら
モラハラをどこよりも詳しく説明するよ

 

■カウンセリングの詳細は、このブログの一番上のメニュー欄をご覧ください

 

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