【なぜ生きるのか?】モラハラ離婚後いろんな説を考察してみたよ

こんにちはー。

カウンセラー画家上杉めいです。

さて、私たちはいつ来るかわからない寿命まで
なぜ生きるのか?いろんな案を考察し、その中から自分にぴったりのものを
ご提案します。

なぜ私がそんなことを言うかって?
なぜなら、今まで私が声を掲げていた
「生きるのに何の意味もないよ〜ただの暇つぶしだよ〜」
というお気楽モードが一転したからです。

モラハラ離婚をするとき、
家を脱出する時に誓ったんです。

「ここから出れるんだったら、何をしても生き延びてやる!
ホームレスで公園生活になったっていい」
って。

なのにですよ。

あそこを出てから2年
身体中の気力を振り絞って 気合を入れまくって脱出してもなお、
な〜んにもできていないからです。

人の役に立つことの前に自分のことや息子のことさえ

何にもしていない事実がありました。

昨夜はこんなことがありました。

「僕だって美味しい物食べたいと思っているよ。」

避難する時以外、
この家から一歩も出たことがない息子が言いました。

息子は食に全く興味がありません。
作らないなら食べなくて平気
作ったとしても「あれはダメだこれはダメだ焼いた肉の赤身が体にいい」
と変んな言いがかりをつけて
食事は決まったもの(赤みの肉)しか食べません。
お菓子なんてとんでもありません。

PTSDからだいぶ回復して、料理を作るようになってきたのですが
サラダと肉を焼くくらいの料理しかしていませんでした

息子の腹に栄養が届けばいい♪合理的♪

と半分開き直っていたんです。

料理でさえまともにやっていない事実を直視してしまいました。

「生きるなんて暇つぶし」

なんて言ってられません。そんな簡単なものではありません。
一人で生きていこうと誓ったのに
根性も美学もありません

これではただの腑抜けヤローです。

ということで

モラハラ離婚後、本気で生きることについて考えてみました

巷にあふれている生きる意味

  1. 生きることに意味はない
  2. 死ぬまでの暇つぶし
  3. 生きるとは呼吸である
  4. 変化こそが生きる意味
  5. 学ぶため
  6. 人生とは道である
  7. 身近な人との調和を取るため
  8. 生きるとは自然に逆らうことである

下で細かく説明していきますね。

 

1・2の生きることに意味がない、暇つぶし

 

の考え方は私大好きで
ここでも何度かお話ししてきました。

だけど!もっと深い意味が知りたいんです。
これを読んでくださっている方もそうだと思うのですが
人より辛い人生を生きてきましたよね

だから生きるいみについて考えているんだと思うんです。

もっと深く考えてみます。

 

3・呼吸をすること

うん。確かにそうだ。
私たちは呼吸を止めないから生きている

そして死んでまた生まれて「生まれ変わりを続けている」
大まかな生き死にについてはこんな感じですよね。

でも実際は生きることが辛いんですよね
何もないならないでつまらないし
長いし、
ただ生きているのも楽じゃない
もっともっと深く考えます

 

4・変化こそが生きる意味

この宇宙は「ずっと変わらないもの」などなくて、
ありと新湯酢物は必ず「変化」をしている。

去年の春と夏は同じであって違う

それもそうだと思います。

ずっと追い風満点の人生なんて存在せず、
向かい風の時もあるし、冬の寒くて辛い時期を通り越せば
暖かい春も来る

当たり前のようでも
少しずついろんなことが変わっていく

そんな大きなサイクルに巻き込まれて
ちっぽけな私たちは生きていますよね。

 

5・学ぶため

なぜ人には、嫌なことや悪いことが起きるのかと聞かれたら
それはしっかりと意味があって
何かを学ぶためなんですよね。

私がモラハラにあった事は到底「加害者を許せる」心境にはなりませんし
「忘れる事、なかったことにする」なんておおらかな感情は湧いてきません。

なぜなら、何をされても言われても「許しすぎた」ために
被害が多くなったんです。

ですがそこから何らかの学びがあるとすれば

「自己肯定感の低さ」はひどい目に合うよ
ということ。自分を大切にできない人は
大事な子供や親までも傷つけてしまうという事

 

6・人生とは道である

これは容易に想像がつきますね

 

7・身近な人との調和を取るため

感謝を学ぶためとも言いますよね。
「悪ことを言う
悪いことをする人というのはその人が悪役を買って出てくれている
いい人だ」と聞いたことがありませんか?

私は、モラハラを相談した曼荼羅フラワーアレンジメントの先生に
「悪役を買って出てくれている旦那さんは
本当はとってもいい人なのよ?
心を鬼にしてここが悪いと悪いところを指摘してくれてるのよ」

と教えてもらいました。

「????先生大丈夫デスカ????
どこがいい人か私の立場になってみてください」

って思いましたよ。

確かにこの世には人の考えの及ばない悪が存在します。
この目と体でしっかり経験してきたのでわかります。

ですが

「これ以上の自己否定はやめなさい」という
誰かから(神様とか私はわからないけれど)のメッセージだとしたら
それが他者との調和を取るためだとしたら
変に我慢し続け、
無駄な努力し続けた自分を少し許せる気持ちもあります

※3・4・5・6・7番は西野ゆきひろさんという企業家の方の言葉です。
検索してみてくださいね。
インパクト大です

 

8・生きることとは自然に逆らうこと

これは私の好きな上杉昇さんというアーティストの歌の歌詞です。
一見「???」となりますよね

でもこれは上杉昇さんの過去や生い立ちを知れば
納得がいくのですが、
確かお父様がいなくて
お兄さんが自死した過去があって
めっちゃ色々考えたからでしょう。
大事な人が自分の周りから居なくなるって相当な辛さなので
娘と離れてしまった私にはわかる。

自分の気持ちに寄り添っていれば
生きていたくなくなるもの。
相当の辛さに反発して受け入れて立ち向かって
それはまるで自然に逆らうようなもの

大きなもの、どうしようもないことに
向かって反発しているような心境なのです。

 

 

生きる意味を見失った時

にはどうすればいいのか。
こちらもインパクト大の西野ゆきひろさんの言葉

  • 意味のないものは存在しない
  • 人は学ぶために生きていいる
  • 本来人間は万物の調和を取るために存在している
  • 人性とは弥栄(いやさか)の道である
  • あなたはそこで調和を取るためにそこにいる

※弥栄とは、主に一層栄るという意味の単語。
また、「万歳」に意味が近い

意味のないものは存在しないという意味 わかります。

学ぶために生きていることもわかりました。

万物の調和を取るためとは
今の人間はその能力を「我が身」だけに
好き勝手使っているからこそ、

自然を破壊し
自らを苦しい環境へと突き進んでいるようです

本来の人間な高尚な能力は、みんなが喜んで嬉しくて生きられるように
与えられている能力だということです。

人間だけが生き物の中で「特別視」されてしていることが
不思議でなりませんでした。
皆との調和を取るためなのですね。

自費で動物保護をする人もいれば
己の財を築くために自然破壊をする人
犬や猫までもを殺して食べる人はサイコパスで
頭がおかしい

そんなことを言いながら、平気で
「牛や鳥や豚の肉を食べる」私たちもいます。

いつも矛盾を抱えながら
しかし、高尚であろうと自分を正当化しながら
何かをどうにかしながら
調和をとっているんですよね

 

人間の摂理のようなものがわかったところで

モラハラ離婚で自分を押さえつけていたものが外れた今

どうすればいいか?

考えるだけでは
いつもとおなじ

何か行動を起こさなければ!!

「なぜ生きるのか」という盛大なテーマに
不安や焦りで押し潰されそうになります。

それには

「今日1日を丁寧に生きる」ことなのだそうです。

ご飯を食べながらスマホをいじる

誰かと話しながら「今日、何食べようかなあ」と考える

料理を作りながらYouTubeを見る

そんなことを考えたりするより、
ただ目の前にいる人と楽しい気持ちになる

ご飯を食べることに集中する

料理をすることに真剣に向き合うことです。

息を吸うときにも無意識でなく
意識的に丁寧にゆっくりと長くする

とにかく

目の前のことに全てを丁寧に行うことなのだそうです。

これならできると思います。

そう感化されながら(HSPの特性、高い共感能力)ゆっくりと丁寧に
この文章を書かせてもらいました。

迷っている人の助けになれば
私のような底辺の生活者でも浮かばれます

そして私も焦らずゆっくり丁寧に目の前のことと向き合っていきます

では!

 

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