寒さにふるえたものほど、太陽の暖かさを感じる。
人生の悩みをくぐったものほど、生命の尊さを知る。
ウォルト・ホイットマン
じつはいま、一緒に住んでいる唯一の味方と思っていた息子が
元夫(モラハラ夫)とそっくりな言動をしています。24歳、私ともと夫が一緒になり始めた時期と時を同じく、彼もほぼそのものです。
夕食中、料理、冷蔵庫の食材、洗い物、ゴミ箱、ものの置き場所
ありとあらゆること、彼の目に映るわたしのしたこと すべてのものが気に食わないようで文句をつけ、発狂し、あげく「マイルール」を押し付けてきます。私には心が無いかのように、しかし自分の気持ちに敏感で繊細です。
その容態はとても不気味です。よく言われる「共感能力の欠如」なのですが
その言葉で片づけてしまうのは少し酷です。
「なぜ無視するの?精神病なんじゃないか。医者に言われなかったか?」
と驚きの言動を繰り広げます。
まるで、自分が母の怠慢や無視によって被害にあっているかのように。
私は彼の姿にもと夫の姿が重なり、言葉を返す気力がなくなり
呼吸が浅くなり、今目の前で起こっていることから、いえ、自分の人生までもをシャットアウトしたくなります。
彼は病院で自閉症の診断を受けました。他人の気持ちを思いやる心が欠如しています。きっと彼の父もそうだったのでしょう。
しかし一縷の救いがあります。
彼の父は自閉症で自己愛性人格障害だったので
私にはひどい精神的暴力を繰り返しましたが、一歩家を出ると
(自分の兄弟や母に対しても)とってもいい人で、子供想いの人格者に早変わりします。
ですが息子の場合は家でも外でも同じです。暴言、他人の気持ちがわからないKY発言をし、他者から距離を取られます。そのせいで仕事にもつけていませんし、もちろん恋人も友人もおりません。
だからこれ以上、彼によって苦しむ人を出すことがないのです。彼にかかわる人がいないからです。
人生に悩んだ人ほど、生命の尊さを知る
というウォルトホイットマンの詩がありますが、わたくし
人生に悩みまくっていますが、生命の尊さを感じていません。先ほども述べたように、人生をシャットアウト、シャットダウンしたくなります。昔のようには頑張ったり、努力したりする気持ちにもなれず、生きることを放棄したくなるのです。
今までどんなに頑張っても、努力しても報われなかったので
そのほうが楽だと思ってしまうのでしょう。
子供のこともそうです。わたしがどんなに、文句をつけられることが嫌か、
発狂されることがつらいのかを伝えたところで、彼には
「共感能力の欠如」という特性がありますので無駄に終わります。
このみじめで虚しい人生から、いったい何をどうやって「生命の尊さ」を知れるというのでしょうか。
辛い経験をした人ほど、大きな喜びを味わうことが出来るのは本当ですか?
これを読んでくださっている「モラハラ被害」にあわれた方はどうでしょうか?今は大きな喜びに包まれておりますか?
あの地獄のような経験が反転した、素晴らしい人生になっているでしょうか?
横に首を振っているのだと思います。
私は今、体調が悪いからこんな思考に陥るのもあるかもしれません。
さてこんなときはどうすればよいか?は知っています。
お気に入りのいい香りのシャンプーで頭を洗い
湯船につかりそしてどんどん寝てしまいます。
そうすると体力が回復するのと一緒に気力も回復し
ムクムクと楽しい気分も芽生えてきます。
何が言いたいのかというと
いつも、どんな時も自分のことを大切に扱いましょう
ご機嫌になればモラハラに苦しんだことの
逆の楽しいことも感じ取れるときもあります。
そんな簡単なものです。悩んでもしょうがないこともありますよ。
苦しんだ意味を見つけ出すことよりも
お気楽にご機嫌にすごしましょう。
自分の人生を取り戻しましょうね
少しでも気が楽になったら幸いです
では。
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